タフらいと誕生物語【第1章】(2)
おかしいなー、これで完成のはずなのだけど。。。
『おかしいなー、これで完成のはずなのだけど。。。』
彼のつぶやきを、私は今日何度聞いたことだろう。
商品の設計などしたこともない私は、彼のつぶやきに対して、ただただ、励ますし
か能がない存在であった。
寒さは、容赦なく襲いかかってくる。午前中、実験室の選定を一度間違えて、雪の中を彷徨ったため、服は雪に濡れ、靴下から襲いかかってくる冷たさは、40歳
を超えて中年の真っ只中にいる私達にはあまりに過酷であった。
作業開始から、すでに6−7時間は経過しただろうか。状況の進展は見られない。突き刺さる寒さと芯まで冷え切った体は、私に即座のギブアップ宣言を要求していた。
『もうやめましょう。ありがとうございました。食事でも行きましょう』
どれだけこの言葉を口走ろうと思ったことか。これは仕事ではない。完成しなくても、誰にも迷惑はかからないし、義務もなければ納期もない。
しかも目の前で苦労しているのは、すでに会社を去って10年経つ年上の大先輩のエンジニアであり、旅行の日程を1日割いて、私を手伝ってくれているだけに過
ぎないのだ。
私が一言、この言葉を発すれば、私と彼は、すぐさまこの寒さからも解放され、暖かい夕食と美味しいお酒が待つ馴染みの日本料理店に向かうことが出来るのだ。
そして、明日から、何事もなく普通の生活が始まるだけ。失うものは何一つない。
しかし、私は最後までこの言葉を口に出すことをためらっていた。もしかしたら、それが出来るかもしれないという淡い期待が、私にその言葉を吐くことを許してく
れなかった。そして、今、その言葉を吐いたら、私達人類は、その希望を2度と手
にすることはできないだろうと思っていた。