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タフらいと誕生物語【第7章】(2)

救世主と気づき

 そのきっかけとなった最初の救世主こそ、地元の多摩地区に根を下ろした信用金庫であった。この信用金庫は、創業のサポートをする事業を展開し、立ち上げ初期からお世話になっているだけではなく、地元の支店に担当が変わっても途切れることなく、むしろ、更に強固になってバックアップをしてくれている。実績重視の金融機関において、何の実績もない当社に対して、金融面のみならず、精神的な支援をいただいている。

 そして、この最初の危機の際には、直接的な信用融資だけではなく、信用金庫系のベンチャーキャピタルを紹介し、全面的に応援をしてくれた。このご縁によって、資本準備金合わせ3000万円の投資が決定され、ここで初めて長寿命商品の量産を開始、および初期の販売プロモーション活動を実施する費用が確保できたのである。

 それは、商品設計が終了してから、すでに半年の歳月か経過していた綱渡りの日々であった。

追記

 私が、この時点までにお世話になった方々のエピソードは書いても書ききれない量になる。そのために致し方なく今回は割愛させていただいたが、とても多くの方々が、心からの暖かい支援の手を差し伸べてくれている。出資者でもある地元商工会の会長、東京都の中小企業振興の方々、信用保証の上野支店さんは、苦しい時に、いつも心からの暖かい励ましとサポートをいただいた。どれだけ気持ちが楽になったかわからない。そして、設計のお手伝いをいただいた会社、自社サイトのサポートをいただいている大阪のWEBデザイン会社、投資判断の最終局面で、心よりの支援をいただいた大手Eコマース会社の方々、そして投資判断をいただいたキャピタル会社、および、投資には至らなかったものの支援をいただいた証券会社系のベンチャーキャピタリストの方々。そして、不具合があったにも関わらず、暖かい声援を送っていただいたお客様。

 そして、こんな瀕死の状況にもかかわらず素晴らしい責任感と高い任務遂行能力で私の支えとなってもらっているスタッフには、心からの感謝を伝えたい。

 このような方々の支援の上で、何とかこの夢の技術は、未だに消え去ることなく本日、まだ、存在できている。そして、皆様こそ、自分と、自分の会社は、社会に生かされているということを教えてくれた恩人であり、この恩を社会に還元して行く決意を与えてくれている恩人達である。

 そして、間違いなく、これからもたくさんの恩人が、私の事業を助けてくれると思う。私は、今までの、そして未来の恩人達に対して、そのご恩をしっかりと受け止めて、社会にしっかりと還元することを心に誓う。